小説を書くということはどういうことなのだろうかと

 小説を、書くということとはどういうことなのだろうかと、まあそのまま実直に思ったわけですが、自分の感覚に対して素直に書くのもいいと思うし、それが原初的な楽しみだと思うのですが、いざ、それを「受け手」に届けるということを意識しだすと、「じゃあどういったものなら楽しんでくれるんだろう」っていう問題に直面する。

 そうすると、拙い分析まがいのことをして、「こうすれば喜ぶんじゃろ?」といった小賢しいペテンのような手法を思いつき、実行に移してしまいそうなのだけど、受け手を舐めてる行為は真摯ではないしそんなの見透かされるに決まっている。

 故に、やはり素直に実直に真摯に書くことがまず第一条件なのだろうけれども、その第一条件をどうやって自分に取り入れるかが問題になる。

 まあ端的に言えばもうそれは「方向性」なんですが、「僕はこれからどこに向かって書いていくんだ」っていうことで…。

 その方向性というのには所謂「ジャンル」・「レーベルカラー」なんてものも関わってくるのだけれども、公募に小説を送ることも考えていて、なおかつ何度か送っている身としては、「じゃあ自分の方向性というよりも公募の求める方向性を目指すべきじゃあないの?」ってなったりした時もあったのだけど、でもそれはあまりにも単純すぎるし、そういうのは媚を売ってるのが受け手にすぐ見透かされるのだろうと思うし、じゃあそうしたら、もう自分の感覚を信じて、真摯に自分が思う真摯な取り組みというのを物語を作る際に考えながら書くしか無いのだなあと。

 考えれば考えるほどわからなくなるのですが、まあ案ずるより産むが易しで、数を書いて1つずつ地道に経験を積んでいくってのが一番なのだろうなあと思いました。そんな土曜日でした。

おしまい。